ウィム・クラウェル

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「私は、デザインとアートは別世界だと考えています。このふたつの世界は、融合させないほうがいい」(ウィム・クラウェル)

ウィム・クロウェル(1928)は、戦後のオランダで最も重要なグラフィック・デザイナーだ。
1963年、この国初のデザイン・プロダクション「トータル・デザイン」を設立。郵便局やKLMのCI、スキポール空港のサイネージなどを手がけてデザイン史に名を残した。

昨年の秋に発表された「ファン・ゴッホ書簡全集」は、ゴッホ研究の集大成として話題を集めた。手紙、絵、スケッチ、そして翻訳など、たくさんの学術的要素が詰まった複雑な構成だが、これをわかりやすく簡潔に整理して、知的な印象のデザインを与えたのはクラウェルだった。

この本のデザインのことや、彼のデザイン観などを聞いた。

以下C=クロウェル、Y=ユイ

Y:ファン・ゴッホの書簡全集は、研究者たちが15年に渡る研究の集大成として出版された本ですが、デザインにはどのくらいの年月を費やしましたか?

C:最初の打ち合わせから完成まで約2年半です。この本は、構成要素が多いことからタイポグラフィが非常に複雑でした。ゴッホが交わした手紙、手紙に描かれたスケッチや実際に描かれた絵画、交流のあった芸術家の作品や、彼らが第三者とやりとりした手紙。そして同時代の芸術家の作品などです。読者に分かりやすく見せるシステムをつくるのが難しかったです。
その上、実際に作業をする複数のデザイナーたちが、みんな同じ条件でレイアウトをつくれるルールが必要でした。絵をページに配置するのはとても感覚的な作業で、人それぞれのフィーリングで大きく左右されますからね。簡潔に、シンプルにものを見せるというのはとても複雑な作業です(笑)。

Y:デザインの特徴を教えてください。

C:読者がロジカルに情報処理できるように、たくさんのルールをつくりました。たとえば、書簡は全て実物大で掲載、そこにスケッチが描かれていたら、実際の絵画を隣ページに掲載する。ゴッホは手紙の中で、自分の絵についての考えや気持ちをたくさん説明しているので、それらを完成作品と並べて見ることで理解が深まります。
そしてひとつの書簡で触れている作品は、全て切手サイズで掲載しました。繰り返しになることは多かったですが、読者がページを前後しながら該当する絵を探す必要がないようにしました。

Y:このプロジェクトを終えて、ファン・ゴッホの全てを知り尽くしたのでは?

C:知り尽くしましたね。でももうこれ以上知りたくない(笑)。

Y:彼の印象は?

C:それはそれは難しい人だったでしょうね(笑)。自己中心的で。
ゴッホというと情熱の画家と言う印象がありますが、実はとても計算高い人物でした。
この本は、ゴッホとの間にかわされた900以上の手紙すべてを一文字も逃さず研究した集大成です。翻訳も非常に正確です。研究者たちも「ゴッホの書簡に関して、これ以上完成度の高い研究がなされることはないだろう」と言っていますが、究極のゴッホ研究書といえるでしょうね。

Y:あたなは、煩雑で大量の情報にグラフィカルなルールを生み出すのが得意ですよね。以前は電話帳のタイポグラフィも手がけていましたね。

C:その通り。コンテキストが複雑で煩雑になるほどやる気が湧きましたね。あるデザイナーはフィーリング重視のタイポグラフィを好む。そして私はシステマティックなものを好む。それが私の資質です。
仕事としては、ポスターデザインや、展覧会のキューレーションなどの方がメインで、このような難解なタイポグラフィの仕事は、その合間に手がけていました。いい刺激になりましたね。異なるタイプの仕事は、お互いの領域を触発し合いますからね。

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ポスターのデザインでも、私はまずシステムを考えていました。グリッドも好んで使いましたね。ファン・アベ美術館のポスターを継続的に手がけていた時には、展示される作品から受けたインスピレーションを、タイポグラフィに置き換えて表現することが多かったですが、やはり私の表現はいつも構造的で建築的でしたね。「LEGER」のポスターも、この画家のある時期の特徴だった黒い縁取りのようなラインからインスピレーションを得ています。

Y:タイポグラフィと時代の移り変わりについて、意見を聞かせてください。

C:タイポグラフィは時代によって大きく変化します。最近では、私が好んだシステマティックなスタイルは背景に押しやられていますね。今はフィーリング重視の時代なのです。しかし、昔のようにひとつの時代を強烈に制覇するような大ムーブメントは生まれにくくなっているので、以前のスタイルも早い周期で戻ってくるでしょう。このスパンの短さが現代の特徴です。フォーマット自体も速いスピードで多様化し次々と新しいものが生まれていく。グラフィック界は、近年実にダイナミックに展開しています。

Y:常にシャープでいなければ、あっという間に取り残されていくような大変な時代?

C:若いデザイナーには本当に大変な時代でしょう。ある意味で彼らが羨ましくもありますね、テクノロジーにはとても興味がありますから。最先端のテクノロジーの中で仕事をするのはさぞエキサイティングだろうと思います。でも紙の時代のデザイナーでよかったとも思います。ひとつのことにじっくりと集中できたし、数少ない分野をより深く極めることができました。若いデザイナーが色々な分野や手法に接するのはとてもいいことですが、「全てを吸収し全てに接したあとに、しっかりと自分のスペシャリティーを確立しなさい」とアドバイスしたいです。

Y:あなたが影響を受けたデザインとは?

C:50〜80年代に世界的に一世を風靡したスイスのタイポグラフィです。システマティックなスタイルで、視認性が高く、客観的、数学的、構築的なアプローチが特徴です。
50〜60年代のスイスタイポグラフィ、マックス・ビル、ヨゼフ・ミューラー・ブロックマン、エミール・ルーダーなどのデザイナーやアーティストに強い感銘を受けましたね。スイスタイポグラフィーの代表的な書体「アクチデンツ・グロテスク」を初めて見た時には、そのクリアさに感動しました。

1967年、私はデジタル植字機のための「ニュー・アルファベット」というタイプ・フェイスをデザインしました。当時最先端だったデジタル植字機の限界をひとつの前提としてデザインした実験的なものです。同僚たちは「機械の短所をフォローするデザインなんて愚かだ」と批判しましたが、このレベルの機械と今後数十年つきあっていかなければならないのだから、専用のタイプフェイスがあってもいいじゃないかと思いました。

デジタル植字機は、うまく弧を描けないので水平、垂直、そして45度のラインだけで構成しました。そして横並び同様、縦に並べても整然と見えるように文字幅も統一しました。とは言っても、実験的にデザインしたものなので読みやすいものではありません。その後更に開発しましたが、次世代の技術が発達してきたことから結局実用化はされませんでした。

でもこれが90年代になると再び注目を浴びはじめたんですよ。イギリスの音楽雑誌で使われたり、「ジョイ・ディビジョン」というイギリスのグループのレコードジャケットにも使われたりしてね。若いモダニストたちの目には、時代遅れの機械のための文字が「クール」にうつったんです(笑)。驚きましたね。同時にとても面白い現象だと思いました。

Y:近年、デザインとアートとの融合がひとつの論点になっていますがあなたの意見は?

C:私は、デザインとアートはまったく異なる別世界だと考えています。もちろん共通する部分はありますから、お互いを刺激しあうのは結構。しかしそれを融合させていくことには賛成できない。デザインとはある目的を達成するためのもの。そしてアートは、アーティストの存在の源で自身に問いかけながら制作していくもの。アートの分野で活躍しようとするデザイナーを見ると、「デザイン」では自分の力を出し切れないのだろうか、何か不足があるのだろうか、と疑問を感じてしまうんですよ。
このことについては、私も多くの同僚たちと論議しました。反対の意見が多いことも承知していますし、それは尊重しています。
でも私は、2つの世界は別々に存在している方がよいと思いますね。

Y:今はどのようなお仕事を手がけていらっしゃいますか?

C:リートフェルトの本のブックデザインを手がけています。今年の末には発表されるでしょう。この仕事を最後に、現役を引退しようと思っていますよ、少しのんびりもしたいしね(笑)。

Y:モダニストのあなたが最後に手がけるのがリートフェルトとは、とても象徴的です。完成を楽しみにしています。ありがとうございました。