Jack Mama (フィリップス・デザイン)

フィリップスのプロダクトをデザインする「フィリップス・デザイン」社は、世界最大級のデザイン集団である。
そこには、10〜20年先のライフスタイルを予測しながら画期的なディバイスを考案する「デザイン・プローブス」というセクションがある。
政治や経済、環境問題など様々な要因によって変化するライフスタイル。
将来直面するだろう問題や未知の可能性を、彼らはプロダクト・デザインを通して可視化し、新たな論点を世の中に提議することを目指している。
その「デザイン・プローブス」の発起人のひとり、そしてクリエーティブ・ディレクターでもあるジャック・ママ氏から、その活動について聞いた。

フィリップスデザインは世界中にスタジオを持ち、500人以上の専門家を擁する世界最大級のデザイン集団だ。本社があるオランダのアイントホーフェンという街は、フィリップス社発祥の地。現在ではデザインの名門「アイントホーフェン・デザイン・アカデミー」の本拠地としても知られている。

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Metamorphosisプロジェクト (C) Philips Design

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ヒーリング・ベッド.外の自然光を、キャノピーを通して内部に取り込むことができるベッド。不要なスペクトラムはカットし、太陽光や月光を寝室に取り込むというコンセプト。自然なサイクルの眠りをクリエートしてくれそうだ。 (C) Philips Design

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ソーラー・ブローボット コンセプト 太陽エネルギーで稼働するロボット。人の存在や動作を察知して、インフレータブルなテキスタイルがそよ風を起こす。空気の動きを、ドラマティックに可視化するというコンセプト。(C) Philips Design

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サン・ビーム コンセプト 光学ファイバーを通して集められた自然光を、 ディフューザーや反射板を使って、 思うように部屋中に取り込んで演出したり、太陽エネルギーによって稼働するディバイスを効果的に充電させたりできるシステム。 (C) Philips Design

ジャック・ママとは何ともユニークな名前だが、これは本名。「人々の笑顔を誘う名前なので気に入っている」と本人。
ママは、ロンドンのカレッジ・オブ・アーツで工業デザインを専攻したあと、フィリップス・デザインに入社。現在は、2008年に設立されたデザイン・プローブスのクリエーティブ・ディレクターとして活躍している。
「フィリップスでは、将来を3つのビジョンに分けて展望しています。1つは現在から2,3年後のビジョン。これは次世代プロダクトの開発に直接的に結びつきます。次は2,3年後から10年後。直接プロダクトの開発をするわけではないが、新世代プロダクトの方向性を決めるビジョンです。そして最後は10~20年後のビジョン。これがプローブスが担当する展望です。私たちの目的は商品開発ではありません。政治や経済、自然環境など、様々な要因によって変化する未来のライフスタイルを予測して、新しいディバイスのコンセプトを提案しプロトタイプをつくります。
これによって、新しい論点を社会に向けて発信し、必要なディスカッションの引き金となることが最大の目的です」。
将来私たち「人類」が遭遇するだろう問題を予測して提議し、デザインというコミュニケーションツールで可視化して人々に訴えていこうという試みだ。
プロジェクトによっては、遠い未来のディバイスという印象をうけることもあるが、「私たちが考案する全てのディバイスは、基本的に全て実現可能な技術をベースにしています。実用化には至っていないものはあるにしても、何一つ、夢物語ではないのです」とママは説明する。

そのデザイン・プローブスがこの春に発表したのが「Metamorphosis」だ。自然の環境からどんどん遠ざかる私たちの生活環境を、再び自然と結びつけようというコンセプトで、さまざまな調度品やインテリアが考案された。
かつて人間は、太陽の動きによって時間の流れを察知し、光や風の変化によって季節の移り変わりを感じ取っていた。それらは、人間にとって本能的な影響を与える環境の変化であり、そのリズムの中で私たちは生きていた。現代の居住空間(あるいは職場)は、私たちをそんな自然環境から遮断してしまっている。
このプロジェクトは、私たちの生活空間と自然の間に、どれだけの壁ができてしまったのかを認識すると同時に、それが私たちのライフスタイルにどれほど重要だったかを教えてくれるものだ。
具体的には、「光」、「空気」、「音」、「体」のテーマで、新しいディバイスを考案。公害や電磁場の影響、工業的な騒音などは遮断しながら、光や自然の音、そよ風などは積極的に取り入れたりテクノロジーによってクリエートしながら、自然の営みを肌で感じ取れるような生活空間を提案している。
「Metamorphosis」に関する詳しい情報はこちら(英語)。

前回のプロジェクト「フード」では、作業効率重視だったキッチン家電の文化を見直して、焦点を食の意識へとシフト。「コンシャス・キッチン」をテーマに、4つの領域で画期的なディバイスを提案した。

その4つの領域とは、食の安全性と栄養価のコントロール、食材のデザイン、新しい食の体験を体現するテーブルウェア、未来の食糧危機を前提にしたホームファーミングシステムだ。中でもホームファーミングシステム「バイオスフェア」は、魚の養殖と水栽培を組み合わせた合理的なエコシステムで食材を飼育栽培するもので大きな反響を呼んだ。
一方、新しい食材をデザインする3Dフード・プリンターは、このディバイスが提案するコンセプトに意味を見いだせない人も多く、意見が極端に割れたと言う。しかしママは、「こうして生まれる論議こそ、未開の領域を探求するために必要な洞察力を与えてくれる」と言う。

デザイン・プローブスでは、どのプロジェクトも、まずは多岐の分野の専門家によるリサーチから始まる。
例えば「フード」では、人口や環境の変化、政治や経済、酪農業の現状、そして飢饉や革命の歴史など、多方面での調査分析が行われた。
「その結果は、人々の意識にシフトを起こして、それを支える技術を開発していかなければ私たちには未来がないことを明示した」とママは言う。そんな未来への危惧、それに対するチャレンジを、テクノロジーとデザインを通して伝達しているのが、このフードプロジェクトだ。

プロジェクトの中で、彼らがとるデザインストラテジーについて、ママは次のように語る。「一番大切なのは、最適なトーンでコミュニケートすることです。あるプロジェクトでは、人々により強い反応を引き起こすことを狙うために、極端さを前面に出すようデザインします。フードのようなプロジェクトでは、人々が実生活とより簡単にリンクできることがメッセージの伝達力を強めると考え、控えめで、既存のディバイスに近い親近感のあるデザインにしました。どのプロジェクトでもデザインは、抽象的すぎて自らは伝達力を持たないテクノロジーと、それを受け止める人々を結びつける役割を担うのです」。

一消費者としてしかテクノロジーと接することのない一般の人々は、専門家以上にテクノロジーを万能視する傾向があるとママ。その反面、「難解なもの」というフラストレーションも強い。「そこにはねじれた愛憎関係が見られます。それを改変するには、プロダクトに人間的な繊細さを与えることが大切」という。
そして消費者にとって大切なのは、「未来のライフスタイルを考える時に、全てをテクノロジーに委ねようとしてはいけない。自分のセンス、感覚や感触は失わないように心がけることです。自然のあり方をもう一度理解しなおし、自分の体や生活と結びつけて考えること。そしてそれを次世代に受け継いでいくことです。ある料理専門家が、親から教えて貰った料理のレシピを10こ自分の子供に教えよう、と言っていました。それは一度消えてしまうともう2度と取り戻せないもの、と。私のように最先端のテクノロジーに携わる者は、自分たちがこのような伝承の営みの手助けをする存在であることを常に念頭に置かなければならないと思います」。

 

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新しい食材をデザインする3Dフード・プリンター。 (C) Philips Design

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食材の栄養価や安全性を管理するディバイス。モニターによって、摂取する養分や量をチェックできる。 (C) Philips Design

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新しい食の体験を体現するテーブルウェア。料理を盛りつけると皿が発光する。 (C) Philips Design

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独自のエコシステムで食料を飼育栽培する「バイオスフェア」。最下段は魚を飼育する水槽。 (C) Philips Design

 

世界的な不況が長引く中で、多くの人々がこれまでの生活や社会のあり方を反省し、「見直しの姿勢」が一般に浸透している。そのような背景の中で、ママが率いるデザイン・プローブスは、今までにも増してグローバルな「オピニオン・リーダー」として注目されている。
ジャック・ママは最後に、「テクノロジーは、間違った方法論を採ると悲劇を生みます。だから私は、人間の良心を信じてこの仕事に取り組んでいます」と信条を語った。

(from Update NL)